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クロスボーダーM&Aにおける法務デューデリジェンスとは
一般的な「法務デューデリジェンス」とクロスボーダー特有の違い
クロスボーダーM&Aにおける法務デューデリジェンスは、対象会社が有するガバナンス上のリスク、契約上のリスク、知的財産上のリスク、労務上のリスク、独禁法上のリスクおよび必要となる届出、訴訟・紛争に巻き込まれるリスクなどを含む事項について、法的観点から網羅的な検討をするという点では、国内M&Aの法務デューデリジェンスと大きく異なることはありません。
しかし、クロスボーダーM&Aにおける法務デューデリジェンスの場合、当然のことながら、対象会社の存する国の現地法令に従ったリスク検証が必要となります。対象会社が、複数の国に渡って子会社などを有していれば、法務デューデリジェンスの対象もそれらの子会社などにまで及び、複数の国の現地法令に従ったリスク検証が必須となることもあります。
また、クロスボーダーM&Aの場合、外資規制などの固有の問題もあります。そのため、クロスボーダーM&Aにおける法務デューデリジェンスにおいては、国内M&Aの法務デューデリジェンスに比して、より多くの専門家などの関係者が関与し、より複雑かつ多様な法的問題に対処することが求められます。
クロスボーダーM&Aで法務デューデリジェンスが注目される背景
クロスボーダーM&Aにおいて法務デューデリジェンスが注目されている理由の一つとして、GDPR(EU一般データ保護規則)やFCPA(米国海外腐敗行為防止法)などの海外法令の制裁金が非常に高額となるケースが多いことが挙げられます。2021年には米アマゾン・ドット・コムがGDPR違反を理由に約970億円の制裁金を科されており、2018年にはパナソニックの米子会社パナソニック・アビオニックス・コーポレーションがFCPA違反を理由に約306億円の制裁金を科されています。
また、2011年に国連が「ビジネスと人権に関する指導原則」を策定したことに伴い、日本政府は、2022年9月に「責任あるサプライチェーンなどにおける人権尊重のためのガイドライン」を策定し、2023年4月には経済産業省が「責任あるサプライチェーンなどにおける人権尊重のための実務参照資料」を公表しました。
このような流れの中で、企業は「ビジネスと人権」を踏まえた対応を求められるようになっています。クロスボーダーM&Aにおけるデューデリジェンスの際にも、買収後の人権DDを見据えて、人権に配慮した対応を行うことが期待されています。
上記のとおりクロスボーダーM&Aの実施に当たっては、現地法令の遵守および場合によっては、買収後の人権DDを見据えて人権リスクを特定しその影響を評価することが求められます。そのため、現地の文化や歴史に精通した現地専門家との連携による深度の深い法務DDを行うことで、不測の損害やトラブルを回避することが重要です。
クロスボーダーM&Aの特徴とリスク要因
文化・言語の壁
海外の対象会社の契約書や社内規定、コンプライアンス文書は、当然、現地の言語のみで作成されていることも多々あります。現地スタッフとのコミュニケーションをするにあたっても、文化・言語の壁があることは否定できません。現地の専門家なしに、海外対象会社と詳細なコミュニケーションをとり、正確に書類の内容を確認することは困難を極めます。
法制度の相違
海外の現地法令の内容については、当然、国内の法制度とは異なります。各国に独自の制度や慣行が存在することがあるため、海外の現地法令に基づいた網羅的なリスク検証を、日本法の専門家である日本の弁護士のみで完結することは不可能です。
国際税務や移転価格の問題
財務デューデリジェンスの対象にはなりますが、対象会社が別の海外に子会社を有する多国籍企業の場合、国境を超えるグループ内取引を行っているときには、各国の税制の違いを利用した課税逃れがないか調査するため、移転価格の合理性について調査することが求められます。また対象企業が、税務優遇措置を受けている場合、外資の資本参加により当該優遇措置を受ける資格を喪失する可能性がないか検討する必要もあります。
クロスボーダー法務デューデリジェンスが重要な理由
許認可やライセンスの確認
対象会社が、許認可が必要な分野の事業を行っている場合、当該事業の遂行に必要な許認可の取得や届出が済んでいるかの確認や、個別の業法に従った義務が遵守されているかについての確認が必要です。また、事業譲渡によるM&Aの場合、許認可の主体が変更されるため、再度許認可を取得しなおさなければならないことも考えられます。
M&A後のスムーズな事業運営のために、法務デューデリジェンスを通して、現地法に基づき必要な手続きを網羅的に把握する必要があります。また、一定の業種に関しては、現地法により外資の資本参加や役員就任が認められない可能性がありますので注意が必要です。
責任追及リスクの可視化
新興国などにおいては、対象会社が贈収賄の温床となる契約の当事者となっていることがしばしば散見されることが指摘されています。そのような契約がある場合には、クロージング後に贈収賄の事実が発覚するといった事態を回避するため、事前に、何らかの手当を講じることが必要となります。
また、米国のFCPAや英国の Bribery Act(英国賄賂防止法)など、国内外を問わず、日本の事業者に対しても適用される可能性のある贈収賄の防止に関する法令を有する国がありますので、想定外の損害を被らないよう、法務デューデリジェンスを通して、十分にリスクを可視化しておくことが重要です。
違法状態に対する取引スキームの調整
法務デューデリジェンスを通して顕在化した問題点は、取引条件の見直しに関する交渉材料になり得ます。その他、必要な社内体制整備・社内規程の再構築をクロージングの前提条件又はクロージング後の表明保証にするなど、法務デューデリジェンスによって発覚した問題点は、どの時点で、どのように解決するかといった観点から、最終契約の条項として落とし込んでいくこととなります。
また、人権に対する配慮から現地法の定めを超えた取組を前提条件にする場合には、現地の文化や歴史に照らし当該取組を求めることが現実的かについて、現地専門家とも十分協議をした上で契約交渉に望む必要があると考えられます。
クロスボーダー法務デューデリジェンスの具体的チェックポイント
契約
法務デューデリジェンスにおいては、対象会社の締結している重要な契約関係の確認が行われます。これを通して、対象会社の行う事業の権利義務関係や商流を把握することができます。
また、契約書によっては、チェンジ・オブ・コントロール条項という、契約当事者の支配権の変動の事実が、当該契約の解除事由となる旨の条項が規定されていることがあります。重要な契約がそのような条項を有している場合には、クロージングの前提条件として、当該契約の相手方から、M&Aに関する承諾を得るなどの対応が必要となります。
知的財産権・ライセンス
特許権の生じるような技術を有する対象会社の場合、その権利関係を正確に把握することは非常に重要です。国によっては、特許権などの知的財産権自体の登録のみならず、ライセンス契約についても登録が必要となることがありますので、対象会社の有する権利、ライセンスやその登録状況について、現地の法制度に従って確認をする必要があります。
加えて、特に必要な場合には、対象会社の知的財産権が他の権利を侵害していないか、その知的財産権が有効なものかどうかを検証するため、類似の技術・権利との比較による網羅的な検証を行うこともあります。
労務・人事
対象会社が従業員との間に締結している雇用契約や就業規則、労災保険の加入状況などを通して、現地の労働法制への遵守状況を確認します。また、例えば、米国ニューヨーク州においては、原則的に、従業員の雇用に関する契約は、「Employment at Will」(雇用主と従業員のお互いの 任意の意志に基づく雇用)とされ、正当な理由があれば、従業員をいつでも自由に解雇することができるとされています。
このように労務に関する法制度は、国や地域によって様々なバリエーションがありますので、現地専門化による詳細な検証が不可欠となります。
コンプライアンス
先に言及した人権デューデリジェンスや、米国のFCPAや英国の Bribery Act(英国賄賂防止法)などの贈収賄の防止に関する現地の法令への抵触の有無など、対象会社のコンプライアンス状況確認の観点は、国によって様々なものとなることが考えられます。アメリカでは、政府が制裁リストを作成、公表していますので、そのようなリストとの関係性の有無などが法務デューデリジェンスの対象となることも考えられます。
加えて、対象会社の買収が、現地の外資規制法令に違反しないかについても、検討の上、場合によっては買収スキームや株式比率を再考することが必要となります。
訴訟・紛争リスク
対象会社を当事者とする訴訟や紛争の有無について確認し、対象会社が負担し得る負債を確認する必要があります。日本では、裁判所に係属する訴訟を横断的に検索するシステムなどはないため、原則的に訴訟の有無は、対象会社のヒアリングを通して確認することとなります。
国によっては、裁判所に継続する訴訟やそこで提出された書類がデータベース化されていることもあります。法務デューデリジェンスの結果、多額の訴訟の存在が確認された場合には、買収対価の算定に反映するほか、特別補償条項による手当をすることなどが考えられます。
国別の規制・法制度の留意点
アメリカ(米国)
対米国M&Aとしては、バイデン元米国大統領が、日本製鉄によるUSスチールの買収に対して、禁止命令を下したことが記憶に新しいです。米国の国家安全保障上の懸念が生じる外国事業者による投資などの取引については、CFIUS(対米外国投資委員会)による審査の対象として、届出が必要となる可能性があります。
米国の国家安全保障上の懸念が生じうるM&Aを行う場合には、CFIUSとのやりとりを専門とする現地弁護士と連携し、法務デューデリジェンスの時点から、必要な手続きやCFIUSによる審査の見通しなどについて、適切なアドバイスを受ける必要があります。
ヨーロッパ(EU諸国)
欧州データプライバシー保護法(GDPR)などの個人情報・プライバシーデータの保護に関する法令は域外適用の可能性があり、日本企業であっても対象となる可能性があります。また、違反した場合の制裁金の金額も非常に多額となるケースが散見されており、リスクの程度としても大きいものがあります。
個人情報などのデータを扱う事業を行う対象会社のM&Aにおいては、データプライバシーに専門性を持つ現地専門家と連携の上、リスク検証をし、株式譲渡契約書などの表明保証条項を盛り込むなどの手当をすることが必要となります。
中国・アジア各国
中国においては、外商投資参入特別管理措置(ネガティブリスト)において、外資による投資が禁止される業種・制限される業種が列挙されています。対中国M&Aにおいては、法務デューデリジェンスの一環として、禁止・制限業種への該当性についての判断が必要となります。
そのほか、タイなどのアジア各国においても、比較的広範な外資規制が存在することがあるため、M&A取引に当たっては現地規制を詳細にリサーチし、対象会社の業種や株式比率といった点から法令違反が生じないよう、注意が必要です。
クロスボーダーM&A法務デューデリジェンスの進め方とプロセス
調査範囲の決定
対象会社の設立国、その子会社などと関係会社の設立国を把握し、どの国について、どの領域までを法務デューデリジェンスのスコープにするのか、M&A取引の規模やスケジュールなどの要素に照らし、決定します。スコープ外とされた関係会社などについては、担当者に対するインタビューなどを通じて、簡易調査を実施の要不要を検討する必要があります。
専門家の選定、チームの形成
リードカウンセルの選任、弁護士・会計士・コンサルタントなど現地専門家をアサインし、法務デューデリジェンスのチームを形成します。現地専門家は現地の法令や会計、慣習および文化には精通していますが、日本法との相違点に関しては理解していないことが多いです。そのため、日本法と現地法や慣習などの違いを理解できるリードカウンセルを選任し、デューデリジェンスを統括させる必要があります。
資料収集・レビュー
法務デューデリジェンスの対象スコープにおいて、リスク検証のために必要な書類を一覧として列挙し(企業の登記情報、契約書、許認可書類、訴訟書類など)、対象会社に対し開示を要求します。バーチャルデータルームなどを用い、安全な方法で情報を管理しながら、関係当事者間で情報のやり取りを継続します。
マネジメントインタビュー・現地調査
開示資料に基づき、その時点で判明した問題点や資料が不足または存在しない点について、経営陣への直接ヒアリングを行い、さらに詳細な情報収集を行います。場合によっては、工場や店舗の現地調査が行われることもあります。
リスク評価・報告書作成・契約条件の交渉
開示資料及びインタビュー事項を通して発見されたリスクの重大度を数値化し、報告書を作成します。報告書に記載されたリスク事項は、価格交渉に用いるほか、契約書の条項(前提条件、表明保証など)として反映するなど、詳細に手当の方法を検討し、最終契約へ進みます。
また、各国の現地弁護士が作成した報告書は、英語などの外国語で書かれているため、日本の法律事務所において、外国語の報告書に基づく、日本語のサマリーが作成されることもあります。
クロスボーダー法務デューデリジェンスを専門家に依頼するメリット
現地法制度の知見
現地法律事務所との連携による網羅的なリスク検証が可能となります。
国際取引の交渉経験
国際取引の交渉経験に長けた日本の弁護士とともに、外国の対象会社が有する法的なリスクについて、どのように解決するか相談することができます。
コスト削減・トラブル回避
クロスボーダー法務デューデリジェンスには、現地弁護士の起用など、国内法務デューデリジェンスに比して、一時的なコストがかかります。しかし、問題が事後的に顕在化した場合に、より高額な訴訟費用などが発生するリスクを鑑みれば、スムーズなクロージングを実現するために、必要かつ合理的な支出であるといえます。
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