海外進出において、日本では想定しなかったリスクに遭遇する場合があります。思わぬトラブルで撤退することのないように、リスクマネジメントを実施しましょう。リスクマネジメントはISO31000:2009(Risk management-Principles and guidelines)で「目的に対する不確実性の影響」と定義されています。不確実性はいつ起こるかわかりませんが、過去の事例からどのようなリスクがあるか概ねわかっています。想定されるリスクを予測し、回避、低減、またはリスクテイクするのがリスクマネジメントです。
今回は、海外進出で想定されるリスクの種類やリスクマネジメントの進め方について解説します。
リスクマネジメントの重要性
リスクマネジメントが必要な理由は次の通りです。
理由1 海外進出に失敗したときの損失が大きい
海外進出における「失敗」とは「海外からの事業撤退」です。海外進出には、現地法人の設立や現地社員の雇用など、さまざまな費用がかかります。事業撤退すればこれらの費用が損失へと変わり、日本国内そのものの事業継続も難しくなる場合もあります。
理由2 海外から撤退しなければならなくなる可能性が高くなる
2014年に発行された中小企業白書によると、海外直接投資を実施したことがある企業のうち約1/3が「撤退を経験したことがある、または撤退を検討している」と回答しています。リスクに対して手を打たないと撤退しなければならなくなる可能性が高くなります。
理由3 危機に直面したときに柔軟に対応できない
あらかじめ想定されるリスクを洗い出して、その対応方法を決めているので、いざ危機に直面したとしても適切に対応できます。
リスクの種類
リスク1(カントリーリスク・地政学リスク)
その国の政権や経済状況、自然現象や宗教面、社会環境や軍事的な要因から、企業が受ける影響のことです。例を挙げると以下の通りです。
- クーデターや戦争、経済制裁でモノの流通が滞る。
- 政権交代によって進出企業へ取り扱いががらりと変わることがある。
- 通貨が急激に変動し、売り上げが下がる。
- 洪水や地震などで工場が機能しなくなる、反日感情によって暴動に巻き込まれる。
- 電力・通信・用水・輸送といったインフラが整っていない、または急にインフラが止まる。
- 防災インフラが整っていなくて被害が予想以上に大きくなる。
リスク2(宗教リスク)
現地パートナーが信仰している宗教に気を使いましょう。例えばイスラム教では食べるものが限られていて、飲酒も禁じられているので、お酒が伴う会食は注意が必要です。また、一日5回、メッカの方向に向かってお祈りをするため、勤務中に席を外すことにも配慮しておくとよいでしょう。
イスラム教徒は人間に頭を下げることに対して抵抗を感じるため、イスラム教徒へのお辞儀は極力控えたほうがいいでしょう。
リスク3(セキュリティリスク)
模倣品が増える、サイバー攻撃にあう、治安が悪い、衛生面が良くないなどのリスクがあります。模倣品が増えると販売機会を失うだけではなく、自社の製品でないのに、自社のロゴが貼られているためクレームが来る場合も考えられます。サイバー攻撃では、脆弱性診断が行われていないことが珍しくありません。その他、治安が悪いためにテロや誘拐にあう、衛生・医療関係が整っていないために感染症になるなどのリスクがあります。
リスク4(オペレーションリスク)
事業運営上のリスクです。調達面や生産リスク、販売リスク、バックオフィスリスクがあります。特に人材雇用に関わるバックオフィス業務では、現地における賃金需要の増加や、より高い給料を提示されたら転職する「ジョブホッピング」が懸念される場合もあります。
国特有のリスク
カントリーリスクには国固有のリスクがあります。
アメリカ
制裁関税、税制改革などの新たな政策が唐突に打ち出されることがあります。サプライチェーンの構築や現地法人を設立した結果、想定していた以上の税金がかかる場合があります。
ロシア
ロシアからウクライナへの侵攻によって現在も紛争が続いており、事業が継続できず撤退する企業が増えています。部品調達などサプライチェーンの混乱が長期化し、生産再開が見通せないことを理由に、大手国内完成品メーカーが現地生産の撤退を決断するケースも出てきています。一方で、受注残があるという理由や、原材料調達の目途が付いたなどの理由で事業を継続する企業もあります。
イスラム圏
イスラム教特有の食文化や礼拝の活動があるため、就業時間を日本に合わせてしまうと働けない従業員が出てくる可能性があります。シリアでは内戦が続いているため、物流などのインフラ面で急に事業が継続できなくなることも。アフガニスタンでは2021年にアメリカ軍が撤退しタリバン政権が樹立されましたが、現在でも政情は安定していないため、想定できないリスクを多く抱えています。
リスクマネジメントの進め方
リスクマネジメントの進め方は基本的に日本と同じですが、リスクの種類と優先度が異なります。海外拠点でリスクマネジメントを推進する責任者を決めて、PDCAを回します。現地で意思決定できる人材を決め、日本側と密に連絡を取れるようにしておきましょう。
STEP 1(リスクの洗い出し、対策の検討)
リスクを洗い出してそれぞれの重要度を決めます。優先順位を決めて、対策を実施する担当者と期限を明確にします。
STEP 2(対策を実施)
海外要因だけで進行できない場合は、本社側がしっかりとバックアップをとります。
STEP 3(進捗を確認)
定期的に進捗を確認する機会を設けます。計画に遅れがないか、その対策が有効かどうかチェックします。
STEP 4(取り組み改善)
間に合わない場合はスケジュールを調整します。取り組みを振り返って次年度のリスクマネジメントに活かします。
リスクマネジメントは海外進出の目的がはっきりしていることが前提です。国内への投資と海外への投資を比較検討し、自社の強み・弱みを踏まえて海外拠点設立のメリットを十分に分析しましょう。
リスクマネジメントの事例
成功事例
企業A
企業A社は内外装壁材に使う材料の製造・販売を行っている従業員6名の企業です。海外販路開拓のため、2001年に中国の商社と代理店契約を結んで中国に進出。製品不良が多くなることを懸念して、品質管理を徹底するようにしました。実際に品質上の問題が発生したときには、製造を委託している企業を巻き込み、品質の改善と再発防止に取り組むことに。ISO9001を認証取得し、品質管理のPDCAサイクルを回して、継続的に品質を改善していきました。
想定していない使い方によって、予期しない事故やクレームが発生することも考えられます。海外では顧客の使用方法を十分に把握できていないので、中国版の取扱説明書に使用方法や警告表示を明記しました。人の生命や身体に危害を及ぼすような重大な製品事故が発生すれば、高額な損害賠償を求められる可能性もあるため、万が一に備えて商工会議所を通じて海外PL保険(生産物賠償責任保険)に加入してリスクテイクをしています。
企業B
モーター部品の生産しているB社は、海外販路開拓のため1993年にタイ、2000年にフィリピンに現地法人を設立しました。フィリピンに進出した当時、内部で廃棄物の横流しが起きました。現地従業員と廃棄物業者が組んで廃棄物の売り上げを山分けしていたのです。現地法人では日本人の駐在員が一人で管理していたため、日本であまり想定されていない不正行為までチェックできていませんでした。この失敗を活かして、現地従業員を巻き込んで相互チェック体制を構築することに。信頼できる現地従業員を採用し、現地の視点で不正行為が発生しうる業務を洗い出し、不正行為への監視強化を図りました。
失敗事例
企業C
C社はパンの冷凍生地の製造卸と、パンの宅配事業をしている従業員80名の企業です。
海外販路開拓のため、2001年に中国に進出し、冷凍パン生地を生産・販売する事業を行ってきました。中国ではパンを食べる習慣がありませんでしたが、都市部を中心にその美味しさが理解されるようになり、市場の伸びが期待されていました。しかし、経済政策のため現地から工場の立ち退きを求められたのです。使っていた土地は50年間の使用権が認められていましたが、周囲の企業が立ち退いていったので、同社も立ち退かざるを得なくなりました。移転先は決めていたものの、中国での事業上の慣習や雰囲気を知らない後継者に引き継ぐことに迷いがありました。また、当時中国製の食品による事故が多発していて、中国で食品を生産していることが企業イメージの悪化を招くと危惧した結果、最終的に撤退という選択をしました。
企業D
B社はラーメン店をはじめとする飲食店の運営・フランチャイズ等を行う従業員210名の企業です。事業拡大のため、2003年に香港にフランチャイズ店を出店しました。現地のパートナーに店舗の運営を任せましたが、同社が求める味やサービスの水準を守ることができず、売り上げは低迷。出店から2年で一度撤退をしました。そして、撤退した原因と対策を明確にして再出店をすることに。今度は現地での管理に精通した日系のパートナーに管理を任せた結果、売り上げが伸び、フランチャイズの店舗数を増やすことができました。
リスクマネジメントの注意点
注意点について、以下の3点を紹介します。
注意点1 (現地従業員との信頼関係)
駐在員が現地従業員の反感を買わないようにすることが大事です。日本人駐在人は尊大に振る舞わず、現地で働かせてもらっているという意識をもって、謙虚な姿勢で仕事に挑めば、現地従業員との信頼関係が構築されるでしょう。現地従業員の不正行為を防ぐことにもつながります。
注意点2 (現地化の重要性)
現地のことは現地の人がよく理解しています。日本の親会社や日本人の現地法人社長だけでは、海外のリスクに十分に対応できないこともあります。現地の人には自分の会社だと思ってもらえるように公平に接して、現地の人に主体的に動いてもらうようにしましょう。
注意点3 (現地担当者に任せきりにしない)
継続的にリスクマネジメントに取り組み、PDCAサイクルをうまく運用するためには、日本の本社から現地法人への支援が重要です。可能であればリスク管理の専門部署を設置し、経営トップがリスクマネジメント態勢の整備・推進においてリーダーシップを発揮することが重要です。
サービス紹介
リスクマネジメントの重要性や進め方について紹介しました。GSJではリスクマネジメントを支援してきた実績があります。それぞれの企業で想定されるリスクや事前の対策方法について、専門家によるアドバイスを行っています。海外進出のリスクマネジメントを始めるにあたって、具体的な進め方がわからない場合はGSJまでご相談ください。